ハンセン病訴訟を支援する旅
 (草津栗生楽泉園訪問)  1999年11月7日
重患房跡・納骨堂・地獄谷等を見学
 谺雄二さん・浅井あいさん・吉川勇さんと懇談。
 吉川さんは21才の時に朝鮮半島から徴用令で連行されてきた人。楽泉園に17名の在日の人がいる。
この旅を契機に日朝協会群馬県支部の会員が訴訟支援に積極的に参加するようになる。現在も『支援しともに歩む会』で役員や会員として多数活躍中
ハングル講座2000年3月〜10月
毎週1回  8ヶ月間継続

「挨拶・買い物・トイレの場所を聞く程度の会話が出来るようになりたい」との要望で開講。発足時は23人、終了は約半数。この参加者のなかから、さらに高度の内容を求めて引き続き別の講座に通い猛勉強し、試験を受けたり、2003年5月から始まる第2回ハングル講座の講師を引き受けてくれる人も生まれた。 
   
『船で行く中国・韓国歴史と平和の旅』

2000年4月29日〜5月7日   

日朝協会本部主催 21名参加 下関港ー青島ー北京(天安門広場、万里の長城、中国人民抗日戦争記念館、盧溝橋、故宮、明の十三陵)ー天津ー仁川港ー韓国(京福宮、閔妃慰霊碑献花、南山公園安順根記念館、釜山港)ー帰国
「再び戦争をしてはいけない」との思いと「日本の
加害責任を強く感じさせられた旅」となった。
第2回 足尾公害事件と強制連行を学ぶ旅
2000年5月27日〜28日
足尾で生まれ育ち銅山で働いていた杉本賢治さん(千葉市在住)から丁寧な説明を受け当時の様子を偲ぶ
足尾砂防ダム・銅親水公園・本山坑から小滝へ・
 かじか荘宿泊(杉本さん持参の貴重なスライド40枚で足尾の歴史を学習) ・備前館山登山   中国人・朝鮮人強制連行犠牲者の塔お参り・専徳寺跡・すのこ堆積場・掛水クラブ・当時の朝鮮人の住宅など見学
 第3回 安重根と千葉十七を供養する宮城県大林寺法要  
2000年9月2日〜3日  

韓国の独立と民衆のために伊藤博文を射殺し自分の命を捧げた救国義士として韓国に記念館もある安順根と、当時の看守の心の交流を顕彰碑にのこし、毎年供養している。韓国からの参加者や、日本各地、近隣の町内からも大勢参加している。(今年は約200人)
本部主催  日朝協会創立45周年記念
 韓国の歴史を学び友好を考える旅
 2000年11月2日〜6日

柳寛順生家・ナヌムの家(元慰安婦の人達が入所している施設。記念館も併設)・独立記念館・統一展望台・幸州山城(秀吉の朝鮮侵略の古戦場)・切頭山殉教記念館・安順根記念館・西大門刑務所歴史館・パコダ公園・景福宮などを見学。他県からの参加者と交流

ナヌムの家では偶然、元慰安婦83才の方の葬儀が行われており、旅行参加者全員で参列。日朝協会を代表し本部の吉田代表理事と群馬の菊地会長が焼香。

日本帝国主義の残虐な爪あとがあちこちに残っており学習しながら胸の痛い思いをすることが多かった旅。

第1回 朝鮮半島と日本の友好・親善・平和展
20002年5月28日〜6月2日  
県民会館展示室 
600余名来場  アンケート回答93人
大勢の方々のご協力により成功裏に終了

開催の目的 
 『日本とアジア諸国の真の友好と平和を築くためには戦前の日本による朝鮮植民地支配とアジアへの侵略戦争という歴史を抜きにしてはむずかしい。この立場から歴史の真実に学び、今後の朝鮮半島と日本の友好・親善と平和への道をともに考えていく。』  

テーマ
 韓国併合  安順根と千葉十七  3・1独立運動(柳寛順・堤岩里教会事件)  関東大震災朝鮮人虐殺事件  上海天長節爆弾事件と尹奉吉義士暗葬  朝鮮人強制連行の歴史  従軍慰安婦  植民地支配の実態  朝鮮半島と郷土群馬県  近代以前の日朝関係(ゆかり発言と桓武天皇・秀吉の朝鮮侵略と耳塚) 韓国のヒロシマ(韓国・朝鮮人の被爆の実態と問題点)

特別コーナー
 県内に住む在日コリアの独り言 教科書比較 県内高校生の韓国修学旅行の感想と朝鮮に関するアンケート結果  朝鮮半島の特産品・食材・民芸品などの展示と紹介  朝鮮との友好に尽くした日本人       
印象に残った展示の第一位(アンケート)
従軍慰安婦問題とカン・ドッキョンさんの詩     
楽しかったよ誘ってくれてありがとう!!
第2回 韓国・朝鮮料理教室 
2002年6月23日   
崎市上中居町第二町内公民館 講師張光美さん
男性3人を含む20人参加 夏向きピビンバ・わかめスープ・サムジャンを作る )試食後アリランを原語で合唱

第1回 2002年3月17日 男性4人を含む17人参加 チヂミ・サンゲ
タン・ヤンニョンジャンを作る
第3回御巣鷹山慰霊登山
2003年8月11〜12日  21名参加
日朝協会群馬県支部の灯篭を作る。慰霊登山で川上家の墓標に献花・焼香・供養の読経を実施。慰霊の園での慰霊祭及びローソク供養にも参加した。

              
第1回 2001年5月26日〜27日 野栗沢温泉『すりばち荘』に宿泊28人 日帰りの人も含めて37人参加                   
第2回 2002年8月11日〜12日 やまびこ荘に宿泊。20名参加
 第6回関東大震災・朝鮮人虐殺事件
(藤岡事件)
犠牲者を追悼する集い

2003年9月13日に行なわれ55名をこえる人々が参加。成道寺住職の法要と講話のあと、境内の庭園で尹麻由さんの「鎮魂の舞」が披露され、韓国・朝鮮語翻訳家の朴浩烈さんが自作の詩「誓いの日」をハングルと日本語で朗読。その後、慰霊碑の前で全員が焼香、冥福を祈ったあと藤岡公民館で学習交流会を実施。永井正取さんから「藤岡事件の真相」について報告。ついで廣田繁雄弁護士が「群馬県における中国人等強制連行・強制労働について」を講演した。

藤岡キムチ漬講習会

2003年12月20日
藤岡市の清水玲子さん宅において張光美さん・林順礼さんの指導で2回目のキムチ漬けを実施。今回は白菜の下漬けから覚えようと、塩漬けをしっかり勉強した。「美味しく漬かりますように」と念じながらタレをごしごしとしごいて漬けたらとても美味しく出来た。


尹奉吉義士68周年記念法要(金沢市野田山墓地)
と富山イタイイタイ病の歴史を訪ねる旅
 2000年12月16日〜17日  14名参加
 
1932年尹奉吉義士は自国を救うために天長節の祝賀行事の最中に爆弾を投げ、取り押さえられて金沢で処刑され、陸軍墓地の通路の下に暗葬された。なにも知らない人達が遺体を永年に亘って踏みつけにして陸軍墓地に墓参していた。戦後遺体を捜し続けていた人達が十数年後にようやく道路の下から掘り出して韓国に送り、救国の義士として祀られた。暗葬跡地は現在も近くに住む朴祚仁さんが守っている。法要では多くの参加者が涙を流した。法要のあと、日朝協会石川県支部の方の案内で隠れキリシタンの碑なども見学。

富山イタイイタイ病の学習と交流のため清流会館を訪問。小松事務局長さんから裁判で闘ってきた様子をお聞きする。「会社と国は自らの利益を守るためには住民や国民を犠牲にする」との話に怒りを覚える。   真実が胸に深く刻み込まれる感銘の深い旅になった
2004年1月10日(土)
第7回新年会が開催され26人が参加し交流。永井会長は挨拶で「イラクへの自衛隊派遣について抗議の意思をしめそう」と呼びかけた。来賓の岩本日朝協会本部事務局長は朝鮮半島をめぐる情勢について報告。その後ハングルでトラジ・アリラン・ホウセンカなどを歌い、さらに仲間の歌・手のひらを太陽になどを全員で手をつなぎ、輪になって歌い終了
2003年2月11日
館林多々良沼バードウオッチング

  オオハクチョウ・コハクチョウ・コブハクチョウ・
  オオバン・ハクセキレイ・カワウ・マガモ・
アオサギ・カイツブリ・コサギなどを観察

自然環境を守ることの大切さを実感
 歴史の真実を知り平和を願う 中国人強制連行
藪塚事件  第50回 墓参と交流会
 2003年4月6日 太田市 長岡寺
 日中友好協会群馬県連合会主催

 強制連行は朝鮮の人達にも関係が深いため日朝協会群馬県支部からも参加                
 慰霊碑の前で長岡寺住職による法要と参加者全員の焼香・記念撮影。その後、旧中島飛行機地下工場跡地のトンネル現地見学。さらに金竜寺にある朝鮮人犠牲者慰霊之碑にもお参りをした。           
2003年1月25日
朝鮮半島情勢学習会開かれる

県内各地から70名が参加しました。永井正取氏(会長)が『日本は朝鮮で何をしたのか』の題名で日本の朝鮮植民地支配の実態と過去の清算について話し、岩本正光氏(本部事務局長)は『日朝国交正常化交渉と拉致・核開発問題』を講演しました。
日朝協会群馬県支部は会員の要求にもとづいた運動を大切にしています。史跡めぐり、ハングル講座、歴史学習会、料理講習会、バードウオッチング、等々、楽しみながら学習ができる企画に取り組んでいます。
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